従業員に医療機関の受診を命令できるか

【ご相談内容】
 当社の人事部に、最近A社員は「口数が少なくなった」「休日明けは調子が悪い」「遅刻、欠勤の回数が増えた」と報告がありました。うつ病の可能性もあるため、一度上司から病院に行くようにと伝えてましたが、A社員からは「自分は病気ではないので受診する気はない」と言われています。このような場合、会社は産業医に相談の上、医療機関の受診を命じても問題はないのでしょうか?

【私からの回答】
 労働契約法5条では、次の通り、会社の安全配慮義務が明記されています。
 「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
 ここでいう「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれると解釈されています(平成24年8月10日基発0810第2号)。
 ご相談のケースの場合、A社員の最近の様子がおかしいという報告を受けながら、何の対応もしなかった場合、会社が安全配慮義務違反に問われる可能性があります。
 では、労働安全衛生法により義務付けられている年に1回の定期健康診断を実施していれば「必要な配慮」を行っていたと言えるでしょうか?
 この点、過去の判例では、定期健康診断の検診項目は、法律ですべての会社に義務づけられる最低限度の項目であり、「法定検診項目だけ健康診断を実施していても、健康配慮義務を尽くしたことにはならない」と判示されています(名古屋地裁昭和56年9月30日判決)。
 したがって、会社は、定期健康診断の実施だけではなく、特段の症状が出ている従業員に対しては、その従業員の現在の仕事内容・勤怠情報、これまでの健康診断結果などを考慮の上、専門医に受診させるべきかを、産業医が選任されている事業所であれば産業医の意見に相談し、必要な場合には受診を勧めるなど、積極的に社員の健康管理に関与していく必要があります。

 一方で、法律による受診義務は、法定の健康診断についてのみ規定されているにとどまりますので、法定の検診項目以外の受診を命じる場合は、従業員の同意が必要となります。
 そこで、従業員が拒否した場合に、会社は受診を強制できるのかがさらに問題となります。
 この場合、次の2つのケースに分かれます。

(1)就業規則に受診義務を定めている場合
 会社の就業規則に、従業員の医療機関等の受診義務が定めている場合は、労働契約法7条により、就業規則に書かれている内容は、その内容が合理的であれば従業員との雇用契約の内容になるため、従業員に対して受診を命じることができます。

(2)就業規則に受診義務を定めていない場合
 就業規則にそのような受診義務を定めていない場合は、就業規則を根拠として命じることはできませんが、それでも過去の裁判例ではこれを認めたものがあります。
 その事案は、労働者が当初提出した診断書では業務外とされていたが、その後別の医師の診断では業務上の疾病とされたことから、会社が従業員に対して改めて専門医の診察を受けるように命じたというものでした(東京高裁昭和61年11月13日 京セラ事件)。
 従って、この裁判例をもって一般的に就業規則に規定がなくとも受診を命じることができると結論付けることはできませんが、「労使間における信義則ないし、公平の観念に照らし、合理的、相当な理由があれば受診を命じることができる」という規範は有用です。
 これを今回ご相談のケースにあてはめてみると、
 ①会社には、安全配慮義務が課されていること
 ②メンタルヘルスに関する情報においては、従業員本人からの積極的な申告が期待しがたいこと
 ③「口数が少なくなった」「休日明けは調子が悪い」「遅刻、欠勤の回数が増えた」といった「うつ病」を疑わせる複数の事実が認められていること
 ④ 産業医に意見を求めた上で、その指示に基づくものであること
といった事情が認められます。
 よって、今回のケースでは、会社が受診を命じる合理的、相当な理由があると考えて、受診を命じても良いのではないかと思います。

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フロネーシス社会保険労務士法人
社会保険労務士 池原伸
電話 06-6777-8610
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