退職する社員の秘密保持義務

【相談内容】
来月、従業員であるAさんが退職することになりました。このAさんは、営業部に所属しており顧客情報や営業機密、ノウハウ等を熟知しており、退職後この情報を競業他社へ提供することを阻止したいのですが、可能でしょうか。
Aさんとは入社時に、秘密保持に関する誓約書を交わしており、その中で退職後も秘密保持の義務を負う旨明示されています。

【私の回答】

日本の法律上、労働者が秘密保持義務を負うという規定はありません。
そこで、労働者の秘密保持義務は、労働(雇用)契約に付随する義務として民法1条2項の信義則によって認められています。
このことは、古河鉱業足尾製作所事件判決(東京高判昭55.2.18)でも「使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負う」と明示されています。

多くの企業では、就業規則の中で労働者の秘密保持義務を定めたり、別に秘密保持の誓約書を締結したりしています。
このような規定や誓約書による拘束ももちろん無制限ではなく、その企業秘密が保護に値するものであり、労働者の義務内容が明確であるならば、労働者は契約上の義務として秘密保持義務を負うことになります。

労働者がこのような秘密保持義務に違反した場合には、就業規則の定めに従い、懲戒処分することが可能であり、解雇の理由にもなります。また、会社は義務に違反した労働者に対して債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求も可能です。

問題は、このような対応は従業員の在職中であれば雇用契約の付随的義務として認められるという点であり、退職してしまうと雇用契約が終了し、付随的義務を認める根拠を失ってします。
そこで、退職後の従業員の秘密保持をいかにして実現するかが問題となります。

この点、就業規則や秘密保持の誓約書において、退職後についても、一定の営業機密を保持することが特約されていた場合は、このような特約に必要性や合理性が認められる限り、有効と解されています(ダイオーズサービシーズ事件 東京地判平14.8.30)。

さらに、不正競争防止法が改正され、営業秘密を「不正の利益を得る目的で、またはその保有者に損害を加える目的で使用ないし開示する行為」にはその差し止めや損害賠償が請求できる旨規定されたため、退職後の秘密保持義務を定めた特約に違反する場合は、この行為に該当し、会社は労働者に対して差し止め請求、損害賠償請求が可能と考えられます。

不正競争防止法上の営業機密の要件としては、以下の3つの要件が必要とされており、この3要件は秘密保持誓約書における必要性や合理性の判断にも有用と考えられます。すなわち、過度に広汎な範囲の情報を営業機密として誓約させたとしても、それは合理性が認められないことになるからです。

①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

ここでは一応、Aさんの有する情報が営業機密に該当するとし、また秘密保持誓約書に記載されている保護の対象も上記の3要件を充たす範囲のものであることを前提とします。

とすると、Aさんと会社との間に、退職後の秘密保持について特約した事実があるため、これに反して営業機密を漏えいした場合は、債務不履行により民法415条に基づく損害賠償請求や差し止め請求が可能であると考えられます。
また、対象となる営業機密が、不正競争防止法上の「営業秘密」(第2条6項)に該当すれば、不正競争防止法を根拠として差し止め請求や損害賠償請求も可能と考えられます。

もっとも、本件では、いまだAさんは秘密を漏示したわけではなく、これから漏示する可能性があるというにすぎないため、将来の紛争を防止する観点からは、会社が上記の法律構成を十分理解した上で、Aさんに対して、今一度、退職前に、いかなる情報が法的に保護に値する企業機密なのか、これを社外へ漏えいした場合には会社は損害賠償や差し止め請求を行うことを説明し、決して漏えいしないように注意しておくことが大切であると思います。


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SR人事労務総合研究所
社会保険労務士 池原伸
電話 06-7652-9289
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